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タイ字紙によれば、タイ北部ピチット県ムアン郡のタールアン寺で連日、日本人の父親を捜しているタイ人の男の子が地元で話題になっているという。 この男の子は9歳になるサトウ・ケイゴ君(ニックネームはケーゴ)。今年4月3日に母親のティップモンターさん(33)が病気で死亡し、その後、叔母のパタマさん(35)に引き取られた。パタマさんはタールアン寺の前の路上でお参りグッズを売って生計を立てているが、家は貧しく、きびしい生活を余儀なくされている。それでも、勉強好きなケイゴ君は寺院に併設されている小学校に通っているという。 授業のない時、ケイゴ君は叔母の仕事を手伝いながら、タールアン寺を訪れる日本人観光客を探しては、父親の写真を見せて、知っているかどうかを尋ねて回っている。 ケイゴ君が父親探しをすることになったのは、母親の「遺言」による。母親は死を前にしてケイゴ君に「お父さんは必ずタールアン寺にあなたを探しに来ます。あのお寺はお母さんとお父さんが愛を誓い合った寺なのです」と告げた。その言葉を信じたケイゴ君は、「写真でしか見たことのないお父さんに会いたい。そして、僕のことを助けてほしい」と、父親探しを始めることになった。 タールアン寺は観光スポットともなっているため、観光バスで観光客がよく訪れる。そのため、バスが到着するとまず「日本人観光客はいますか」と尋ね、いることがわかった後は、たった1枚しか残っていない父親の写真を日本人観光客にみせ、「この人を見たことがありませんか」と聞いて回っている。 叔母のパタマさんによれば、ティップモンターさんは15、6歳の時、「バンコクで働く」とだけ言い残し、家出同然に家を飛び出したという。その後、しばらく音沙汰がなかったが、ある日、サトウ・カツミと名乗る日本人男性と一緒に実家に戻ってきた。その時、ティップモンターはすでに妊娠していた。 その後、再び、消息がわからなくなったが、2000年、今度は4カ月になるケイゴ君とともに帰省。しかし、実家には「世話をしてほしい」とだけいい、そのまま、バンコクに働きに戻った。その後は、子どもの養育費として2、3回の仕送りがあっただけで、3歳となったケイゴ君を見に来たのを最後に再び連絡が途切れてしまった。 ティップモンターさんが再び戻ってきたのは昨年のタイ正月(4月)。この時は、悪性の病にかかっており、医師からも見放されていた。その母親を、ケイゴ君は献身的に看病。食事だけでなく、排泄の世話までいやがらずにしていた。 その母親も今年4月3日に死亡。母親は死ぬ間際まで、日本人の「夫」の名前を呼んでいたという。ケイゴ君は、タールンア寺院で観光客に父親のことを尋ねる以外にも、人捜しに霊験あらたかなものがあると聞くと、すぐにその場所を訪ね、祈っているとのことだ。 バンコク週報 |
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初めまして |
Masaya URL 2009/05/15 17:48 |
>Masayaさん、初めまして。 |
MASA 2009/05/15 23:43 |
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